はじめに
前回に引き続き、モノグサでプロダクトマネージャーを務めるマチューが寄稿させていただきます。
(あらためてになりますが)私たちモノグサは、「記憶の定着」に特化したSaaS型学習サービス「Monoxer(モノグサ)」を提供するEdTechスタートアップです。Monoxerは、学校や塾、企業など多くの現場で活用され、記憶の定着支援とその可視化を通じて、学業成績の向上や資格取得、企業研修の効率化などをサポートしています。
これまでの記事では、スタートアップにおけるプロダクトマネージャーチームの立ち上げや、OKR・North Star Metricの運用、そしてプロダクトマネージャーが意識すべき「認知バイアス」についてご紹介してきました。今回は、プロダクトマネジメントのより戦略的かつ実践的な側面に焦点を当てていきたいと思います。
特に、実績あるBtoB向けSaaSサービスをBtoC市場へ展開する際のポイントに注目します。これは成長のチャンスであると同時に、BtoBとはまったく異なる課題と向き合うことにもなります。本稿では、プロダクトマネージャーがこれらの違いをどう理解し、戦略、開発、マーケティングといった多岐にわたる側面でどのようにアプローチを再構築していくべきかを考察します。
2025 CES Innovation Awardを受賞した幼児向け学習アプリ「Monoxer Junior」によるBtoCビジネスへの挑戦を事例として交えながら、みなさんのプロジェクトや意思決定に少しでもお役立ていただければ幸いです。

1.toC顧客理解の深化:ペルソナ再構築の必要性
一般的に、BtoB(法人向け)とBtoC(個人向け)では、顧客の購買行動、意思決定プロセス、ニーズ、そして期待する価値が根本的に異なります。BtoBの場合、意思決定には複数の部署や決裁者が関与し、費用対効果や業務効率化といった「合理的な判断基準」が重視されます。一方、BtoCでは、個人の感情や直感が購買動機に大きく影響し、利便性、楽しさ、自己表現といった「多様で感情的な要素」が意思決定の中心になります。さらに、重視される価値の軸も異なります。BtoBでは機能の豊富さやカスタマイズ性が重視されるのに対し、BtoCでは直感的な操作性、洗練されたUI/UX、そしてブランドへの共感がより重要です。
このような違いを踏まえると、SaaSサービスをBtoC市場に展開する際、プロダクトマネージャーは既存のBtoB向けの顧客像をそのまま流用することはできません。年齢、性別、ライフスタイル、価値観、デジタルリテラシー、競合サービスの利用状況など、多角的な視点からペルソナを再構築することが不可欠です。
Monoxer Juniorの事例──保護者インサイトの発見
モノグサはこれまで、BtoB市場において「記憶の定着」に特化したSaaS型学習サービス「Monoxer」を提供してきました。この実績を活かし、私たちは幼児向け家庭学習アプリ「Monoxer Junior」を通じてBtoC市場へと参入しました。ここで大きく変わったのは、意思決定者です。BtoBでは、顧客となるのは学校の先生方であり、教材配信や進捗管理、学習成果の可視化などが重視されてきました。
しかしBtoC、特に「Monoxer Junior」では、ユーザーは変わらず子どもですが、購買の意思決定者は保護者となります。この違いに対応するため、私たちは社内外の保護者への広範なインタビューを実施し、BtoBとは異なるニーズや価値観を探りました。
その中で最も大きな発見の一つが、「保護者は子どもの学習成果以上に、その『成長の過程』を見届けたいと願っている」という点でした。BtoBの教育現場では、学力向上や進捗の数値化といった客観的データが重視されますが、幼児教育ではそれだけでは不十分です。保護者が価値を感じていたのは、昨日までできなかったことに今日挑戦している姿や、自ら学びに向き合う姿勢といった、子どもの内面的な変化でした。
このようなインサイトから見えてきたのは、BtoC──特に幼児教育における保護者のニーズは、「網羅的な学習内容」や「詳細な進捗データ」だけではなく、
- 子どもの自律的な学習態度の育成
- 成長の可視化による親子のエンゲージメント向上
といった、より感情的で長期的な価値に根ざしているという事実です。
こうした発見を受けて、私たちは「Monoxer Junior」のプロダクト戦略を、BtoBの単なる焼き直しではなく、BtoC市場における保護者のニーズに特化した形で抜本的に見直す必要があると認識しました。