着火前の準備こそが火種マネジメントの本質
吉澤氏は「火種マネジメント」を、問題が表面化してからの対処ではなく、事前の準備と捉えている。「特に開発においては、気づいたときにはもう遅いというのが私の経験上の実感」と述べ、トラブルの兆しを見逃さない体制づくりの重要性を強調する。実際、「プロジェクトがうまくいかない理由の8~9割は立ち上げ段階にある」との認識のもと、初期段階での準備と設計に重きを置く姿勢を示している。
この準備段階で重要となるのが、ステークホルダーとの関係構築である。吉澤氏は「プロジェクトに関わるステークホルダーの方々とは、日頃から関係性を築いておくことで、必要な事前情報を引き出しやすくなる」と説明する。
具体的には、リモートワークが中心の同社でも、オフィスに出社した際には主要メンバーと軽い雑談を交わすなど、積極的にコミュニケーションを取るよう心がけている。「お互いがどのような悩みを抱えているのか、自分のチームでは何が課題となっているのか」といった率直なやり取りを通じて、公式な共有では見えにくい本音や課題の兆候を把握しようとしている。
チーム運営の中心は、フルリモート環境におけるオンラインでのやり取りである。チャットを主な手段としつつ、朝会や定例ミーティングで情報や課題を共有している。複数のチームを見ている吉澤氏は、社員に公開されたチーム内のやり取りにも目を通し、「このチームでは何かうまくいっていないのではないか」といった兆しを日々確認しているという。
そしてもう一つ重要なのが、「1次情報」を重視する姿勢である。「問題が生じている当事者とは必ず直接話すようにしています。また、何かしらの事象が起きている場合には、関連するデータがあれば必ず自分で確認する。人づての情報に頼らず、自分自身の目で確かめることを徹底しています」と語る。
ヌーラボ社内では、多くのチームが自律的に火種を察知し、対処する能力を備えているという。吉澤氏は「リーダーやリーダー候補の方々は、特に火種に対して敏感です」と語り、こうした傾向が組織全体の火種マネジメント力を支えていると指摘する。
この自律性の背景には、アジャイル開発のプラクティスがある。スクラムを採用している開発チームでは、「チームで物事を解決していく」という考え方のもと、PDCAサイクルを毎週回している。毎朝の朝会の後に1週間の計画を立て、実行後には週次のレトロスペクティブ(ふりかえり)を実施。「そのプロセスにおける課題はもちろん、どうすればもっと良いやり方があったのか、どこに問題があったのかをチーム内でしっかりと挙げて議論しています」と説明し、継続的な改善が日常的に行われていることがうかがえる。
こうした組織文化の土台は、2009年に吉澤氏が入社する以前から形成されていたという。社長の橋本正徳氏は、早期にアジャイル開発に取り組み、執筆活動もしていた人物だ。吉澤氏は「入社当時にはすでにアジリティを持った組織ができあがっており、後から人が加わっても、その流れはずっと継続しています」と語る。